艦長の実家2

まず、宮津艦長の実家のあるところ。
『亡国のイージス』で、艦長の実家は「鎌倉と逗子の間にある閑静な住宅地」([A].p.19)にあることになっている。
この住宅地は《鎌倉逗子ハイランド》といい、桜並木で有名なところだ。
で、実はここは私の実家があるところなのである。

艦長の実家の描写はないので、春になると桜が綺麗な通りの写真のみ。

横須賀がある三浦半島には、他にも色々行くべきところがあるのだが、どこより見てみたかったのが《山寺》だ。
初めて『亡国のイージス』読んだ時、それまで何とか堪えていたのに遂に涙ぼろぼろだったのが、ラスト近く、艦長が隆史を肩車して歩いていく最期の夢([A]p.618)だったから、お正月に実家に帰ったら必ずこの山寺を探して見ようと思っていたのだ。

私の実家では1月2日に、歩いて鶴岡八幡宮までお参りに行くのが慣例になっているのだが、既に妹にはイージスを読ませて取り込み済みだったし、年末から父にも読ませる事に成功していたので、「じゃあ、ついでに山寺探しをしよう!」という私の用意周到な計画に逆らう者は居なかった。


ところで、この山寺はどこだろう?と言うことで家族会議。
本で確認すると、

宮津家から下駄で行ける鎌倉の寺。

参道は石畳。

桜並木がある。

本堂の前に何段か石の階段がある。

([A]p.618~619)
これだけの条件があった。
本堂の前の石段は必ずあるから、ポイントは3つだ。

鎌倉にはたくさんのお寺があるけれど、宮津父は下駄履きで、幼い艦長を連れてハイランドから徒歩だったのだ。
そんなに遠くには行けないだろう。
(でも、体力ありそうなお父さんだから、というのは無視)
これプラス逗子のお寺は含まれないので、かなり場所は限定される。

両親はよくお寺めぐりをしている。これを聞いて、母は報国寺といい、父は浄明寺だと言う。